アルジェリアテロ被害者実名報道事件・本白水智也さんインタビュー「メディアに情報を渡すと、誰にでも起こる問題」
北アフリカのアルジェリアで発生したイスラム過激派によるテロ事件。政府部隊の強行攻撃により、石油・天然ガスプラントを建設する日揮で働く9名(2013年1月24日時点)を含む多くの犠牲者が出る最悪の事態になっています。当初、政府と日揮は亡くなった方の名前の公表を伏せていました。しかし、1月22日付朝日新聞朝刊には一名が実名で報じられました。
それに対して、情報を提供した本白水智也さんは自らのブログに抗議のエントリーを掲載。これがきっかけとなりマスメディアでの被害者の実名を報道することの是非を巡った議論が広がっています。
叔父を誇りに思います モトシロブログ
http://livemedia.jp/?p=1256
報道各社での実名掲載の後を追うように、政府も24日には犠牲者の実名を公開する方針になり、なし崩し的に認められる形になっています。そんな中、抗議の声を上げた本白水さんがどのように感じているのか、取材から記事掲載までの経緯や、報道される側の恐怖について語って頂きました。
――大変な中、お時間を頂きましてありがとうございます。まずは、アルジェリアでのテロにご親族が巻き込まれて、ブログを書かれた経緯を教えて下さい。
本白水智也さん(以下本白水):私は事件発生からずっとブログで経緯を公表していたのですが、なぜかというと日揮から出てくる情報が本当に少なくて、一日も早く安否が知りたい気持ちがある中、親族として会社側に情報開示を呼びかけるためだったのですね。
――それでは、はじめのうちは政府や日揮側に対してのものだったということですね。
本白水:今から振り返ると、政府も日揮も確たる情報を得ていなかったのでは、と思います。相当ハイレベルな情報戦が繰り広げられていたのではないかと。最初の日揮からの情報では、叔父の安否について「拘束された中には含まれていない。今は居住区に閉じ込められていて、そこで待機している。周辺にはテロリストが潜んでいて詳細は把握できないし助けにもいけない状況」というものでした。今はそれが未確認の情報だったと分かります。
その後、外国メディアの情報が錯綜しているのを受けて、日揮からは「私たちからの情報を信じて下さい。でも確実な情報は得ていません」というように伝えられていました。
――メディア側からの連絡はいつ頃からあったのでしょう?
本白水:ブログや『Twitter』経由で、数社の方から「話を聞かせてくれないか」という接触がありました。まだ政府や日揮からの公的な発表の前です。朝日新聞の記者に情報提供する上でお願いしたのは二点。叔父にも家族にも迷惑がかかるので、実名は出さないで欲しいということ。もう一つは記事にする際私に許可を取るということです。
――それは口頭での約束だったということですか。
本白水:そうです。政府や日揮から実名が発表された際に、明らかにするという約束でした。
――『Facebook』の画像も無断で転載されたということですが。
本白水:許可してなかったということですね。匿名という条件で情報提供をしていたのですけれど、1月21日になって記者から、「今日にも政府から発表がある。その時にちゃんとしたプロフィールがなければ、週刊誌とかメディアがめちゃくちゃなこと書きますよ」という提案があったのです。それでプロフィールも渡していました。
――結果としてその約束は破られてしまったのですが、記者からは説明があったのでしょうか?
本白水:21日の23時過ぎに日揮から叔父が死亡したという連絡があり、菅(義偉)官房長官の記者会見で7名の死亡が発表されて、名前は公表されないということになり、私たちは「よかった」と安堵していたのです。
すると、午前1時過ぎに記者から突然、トリミングした画像が添付されて「確認をお願いします」というメールが来ました。それで「何を言っているんだ」とびっくりして。その後すぐに記者から電話がかかってきたのですが、私は約30分の間「名前を出さないでくれ」と懇願しました。「官房長官が名前を出さないで守ってくれたにも関わらず、私が出したら自殺行為だ。親族全体に追い打ちになる。このタイミングで(実名を)出すのはおかしい」と。
――それに対して記者からはどのような答えだったのですか?
本白水:「説明不足だった。認識の違いがあったのかもしれない。名前を出すことで存在したことを知らしめることになる」と。私からは全部拒否しました。すると彼は「頭に血が上っているので電話を切ってもいいですか」というので「あなたにも親や家族がいるだろう。人間の心をもってよく考えて」と伝えました。次に電話が来たのが2時30分ごろで「結論からいうと出しました。デジタルの方は写真と名前は消しました。私に出来ることはそこまでです。叔父さんを貶めるようなことは書いていないです」という事後承諾でした。
――それに対してどのようにお答えされたのですか?
本白水:「私が何を言っても変わらないなら電話を切らせて頂きます」と。それでブログに書いて、TwitterやFacebookで拡散していったという流れです。
――その後、朝日側からの連絡は?
本白水:ブログ公開後に記者の上司から1時間おきにしつこいくらい電話が来て「お会いして事情説明させてほしい」と。それで「どういう状況なのかメールを下さい」というと、「認識の違いがあったかもしれない」という記者と同じ回答のメールが届きました。それで「そういう認識ではお会いしたくありません。あれほど政府と日揮の発表があるまでは実名と写真は出さないとお願いしたのにどういう理由なのか。約束を破ったことを認めて謝罪をして下さい」と返しました。朝日新聞本社に抗議文を送りウェブ上にアップした後には、広報から今も頻繁に電話がかかってきます。
――とにかく本白水さんとお会いしたいと。
本白水:謝罪がないのであれば会う意味がないので、「お会いしたくない」とお答えしています。でも、私としてはこの事実が広がればそれでいいと考えています。おそらく新聞社が謝罪することはないと思いますし、何の解決にもならないですから。せめて謝罪文でも書いてもらえれば多少は憤りもおさまることはあるかもしれませんが、おそらくないでしょう。
――整理すると「政府や日揮側が実名を公表する」ということが前提で、朝日に情報を提供していたということですか?
本白水:はい。政府と日揮が公表したとするならば、それは正規の情報だから、一切文句もないし抗議文を書くこともなかったです。
――朝日以外の報道各社によるご親族への取材はいつから始まったのでしょうか?
本白水:朝日に名前が出た瞬間に、一斉にいとこの家の前に中継車が横付けされて、完全にメディアスクラム状態になりました。いとこの家だけでなく、近所やマンションのお宅にも、叔父の写真を見せて「どんな人でしたか」と聞いて回って取材をしていたとのことでした。挙げ句の果てには郵便受けを探るような記者もいたそうです。
――各社一斉に押しかけたと。
本白水:あの段階で実名が明らかになったのは叔父だけだったので。それで親族で唯一取材に応じたのが鹿児島の(被害者の)お兄さんだったのですね。それでそちらに映像を撮りに取材が集まってしまいました。まずはKKB(鹿児島放送)が来て、次にNHKが来て、という具合です。夕方や翌日にはどのチャンネルでも放映されていました。
――たくさんのメディアが一度に取材が来ることで、ご遺族のご負担は大きかったと思います。
本白水:常識的に考えて、叔父が亡くなったということを受け止めるのに精一杯なのに、その気持ちを知らせる理由がどこにあるのか。自分で知らせたいという人ならともかく、リスクも知らず、人のいい(被害者の)お兄さんに何も分からないまま取材するというやり方も卑怯だと感じています。翌日(23日)の新聞各紙に画像の許可を出したのは彼なんです。私は全部断っていたので、鹿児島の方に行ってしまったのです。
――本白水さんからは出ないから、掲載許可をお兄さんの方に求めた、ということですか?
本白水:まず朝日新聞が卑怯なやり方で写真を載せ、それで何も知らないところに取材に行き、何も知らないままに許可を出してしまい、一気に新聞やテレビに出てしまった。政府や日揮が万全を期して慎重に守っていた情報が卑怯な手法で流れたということです。
――結果的に、テレビ・新聞各社も実名を報道しはじめ、政府も正式に公表することになりました。ネット上では実名が報道されることに対して議論が起きていますが、当事者のお立場からどのようなお考えでしょうか。
本白水:私は基本的に実名報道に関しては、情報提供した人が合意しているのであれば構わないと考えています。今回私が問題にしているのは、記者が約束を反故にして情報を出したことです。このようにモラルのない記者が世の中にいると分かってしまった。信用して情報を出す相手にモラルがないと、それが一斉に広まってしまう。これは私だけでなく、誰にでも起こり得ることだと知って欲しい。そう考えて自分から発信しています。彼らに情報をオープンにする権利を許しているのは危険です。
――ひとたび個人情報を渡してしまうと、いつ出されると分からないという怖さがあるということですね。
本白水:そういうことです。記者から携帯に送られてきた画像が、翌日のテレビ全局で出るんです。この気持ちが分かりますか? それを親族は一生背負っていかないといけないのです。繰り返しになりますが、皆さんにはこれが誰の身にも降り掛かる、あなた自身の問題として考えてもらいたいです。
乙女男子。2004年よりブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』を運営し、社会・カルチャー・ネット情報など幅広いテーマを縦横無尽に執筆する傍ら、ライターとしても様々なメディアで活動中。好物はホットケーキと女性ファッション誌。
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